随筆 魔法の塩 ペルー クスコ  ~ところ変われば

随筆 魔法の塩 ペルー クスコ

ペルーのクスコに住み始めて最初のころは、契約のショーを取るのに苦労した。

唯一のマジシャンとしてショービジネスを一人勝ちできるかと思えば、文化のないところに新しいものを植えつけるという難しさを痛感させられた。

つまり、そもそもイベントやお祝い事にマジックを観るという発想のない人たちの間で、「マジックは楽しいもの」と認識してもらい、「今度のパーティはマジシャンを呼ぼう」と発想してもらえるようになるまでにだいぶ時間がかかった。

こちらが営業しても、大事なイベントに見たことのない芸能をやるらしい、知らない外国人のアーチストを呼んでみようというのは、なかなかの冒険なのも分かる。

この何年も後に帰国して、安藤百福氏の「ラーメンを売るな、文化を売れ」という言葉を知り、しみじみと感じ入るものがあった。

こうして長い時間が掛かったが、自分のショーを観てくれた人たちの評判はよく、少しずつ口コミで声が掛かるようになってきて、がっぽりと貯金するほどでもないが、おかげさまで営業に歩かなくても向こうから依頼の電話が鳴るようになり、生活は充実していった。

企業のイベントやプライベートのパーティ、ライブハウスのゲストなど様々なシチュエーションでショーをしたが、中でも子どもの誕生日会の依頼が多かった。
中南米では子どもの誕生日は特別なもので、貧しい家庭でも必ず姻戚やクラスメートを集めてパーティをする。
クスコに限らず中南米の子どもの誕生日の出し物にはピエロを呼ぶのが一般的だったが、一度マジックショーを観てくれればみんな気に入ってくれた。

因みにクスコを出てもう4年になるが、今でもたまにクスコからマジックショーの問い合わせがくる。

それはありがたいことだが、既に兄弟やクラスメートの誕生日でショーを見たという親子や、前の年の自分の誕生日にも呼んでくれたという二回目、三回目というリピーターも多くなり、毎回同じものを見せるわけにもいかない。
なのでその日は普段はあまりやらない、特に中南米ではやったことのない演目を用意していた。

パーティの家に着いて準備中、アシスタントに「カバンにある塩の袋を取ってくれ」と言うと、まじまじとこっちを見てどうするのかと訊くので、「ハンカチを塩に変える」と言うと、人の家で塩を出してはいけないと言う。
理由を訊くと、塩を撒くのは縁起が悪いことで、皆の反感を買うからだそうだ。
塩は悪運を引き寄せるという迷信があるという。
「ショーだからいいだろう」と言ってもこの家の人を怒らせるから絶対にやるなときかなかった。

例えば、そこら辺の小さな店では夜中に塩を買いに行っても商売がだめになるからと、売ってくれないくらい深く信じられているらしい。
「そんなものをおまえらは目玉焼きやら豆やらに掛けて美味しそうに食べてるじゃないか」と喉から出かけたが、日本も同様に縁起やら、まじないやらというものは理屈ではないと思い直した。
「塩はお清めに使う神聖なもので・・」と言っても向こうからしたら「そんなわけないだろう」になる。
因みにいやな相手に『塩を撒け』というフレーズをラテンアメリカでも聞いたが、日本では「いやな奴が来たから塩で我が家を清めとけ」というニュアンスだと思うが、ラテンアメリカでは相手に「塩を掛けて呪ってやれ」となるんだろうか。

思わぬ事態で今さら代わりも用意できないままショーの時間がせまる。
「いいからそれを貸せ」と予定通りの仕込みをしてショーを始めた。

「こうやってハンカチを手の中に入れて・・・」
右手に持った白いハンカチを、左手のこぶしの中に上から少しずつ差し込み
「ここでおまじないをかけます・・」
左手に息を吹きかける。
「するとなんとぉ・・」
皆が注目している。
そしてサラーッ
と塩が出始めると、 「え?」という顔で何人かの大人たちが凝視し始めた。
ちょっとびびったがシナリオ通り。

「なんと、なんと・・」
「砂糖に変わるんですねぇー!」
止め処なく落ち続ける。
おおー! と歓声が起こり親子が顔を見合わせてにこにこ笑顔に戻る。
「みなさん、これは砂糖です、砂糖ですよぉ!・・」
「いつもよりたくさん出していますーっ!!」
一応、下にプレートを置いておいて、ガキンチョが集ってきてねぶったりしないうちに、そのプレートにオイルをかけて炎の中から兎だか鳩だったかを出現させてとっとと帰った。
(平成28年12月22日に書いたもの)

追記
その家族とは今もフェイスブックで繋がっておりますが、みんな元気で幸せにやってらっしゃいます。

追記2
みなさん、お子様やお孫様の誕生日にマジックショーはいかがでしょうか。
パパやママがおもちゃを買ってあげるなら、じいじと、ばあばは、マジックショーをプレゼントしてはどうでしょう。
お家でもできますし、カフェやレストラン、ピザ屋さんや焼肉屋さんでも小さなスペースでできます。
その日を共有する一体感は、一生もののプレゼントになります。

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